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2012年 05月 25日
念願の「テマヒマ展」へ。時間をかけてじっくり見終えた後すぐに、「てしごと、バンザーイ!!!」と叫びたくなったくらい、実に素晴らしい展示に大興奮。会期が長いので、また行きたい。
脈々と受け継がれてきた職人技、語らずともひしひしと伝わってくる仕事への誇り、たたずまいの美しさ。作り手も物自体も自己主張することなく、生み出されたものは生活必需品として生活に寄り添いとけ込んでいる。映像に登場するおじさんおばさんたちに胸がきゅんきゅんした。 ![]() そこの持ち主の方曰く、「これが日常だったからね。ほかのうちも同じようなもんだから、殊更素敵だって思ってこなかったわけよ。でもほらこうして来客があるとその人たちがみんな素敵だすごいって言う。改めて見直して、なるほどそうかもなあって思って、愛着がわいてきて」と。 ![]() きものを着るようになってから、とにかく「てしごと」が気になるようになった。てしごとものに宿る力、「大地の恵み系」なんて呼んでいるけど、そういうものを意識的に生活に取り入れるようにしている。どこに惹かれてわたしの生活にお越し願ったのか思い出せるものばかりに囲まれたい。高価なものは無理だし、量もいらない。愛情を育てながら使っていけるもの、そういうもので満たしたい。だって一度きりの人生だから、できるだけ長い時間好きなことして好きな人たちやものに囲まれて暮らしたいじゃない。それが持続していけるよう、好きな仕事をめいっぱい精一杯やっていきたい・・・「テマヒマ展」は自分の生活や人生をも考えさせる、実に深く豊かないい展示だった。 2012年 05月 23日
連休中に新事務所にて「着付け教室」を開講・・・「開講」なんてエラソーだけど、つまりは着付けを憶えたいという友人O嬢と一緒に鏡の前に並んで着ることで、彼女に着る手順を飲み込んでもらおうという試み。あくまで「着られる」が最初にして最大の目標だ。
先日、O嬢とMちゃんと三人できものを求めて浅草をめぐった。O嬢身長171センチ、Mちゃん165センチ、ともに手足が長い。着付けを憶える以前にMちゃんは一からそろえる必要があったので、浅草のかずさやさんで半襦袢や裾よけ、伊達締めなどを、辻屋さんでは下駄をそろえた。浅草のリサイクルきもの屋をひととおりめぐったものの、ふたりの寸法に見合うそれぞれの好みに叶ったものに出逢えなかったので、徒労に終わるのもなんだからと銀座の店をあたってみることになった。 わたしも時々お世話になっている「きもの青木」へ。価格帯も寸法もテイストも幅広くそろえている店なので連れて行ったら、店に入ってすぐのトルソーが着ているきものを見てMちゃんが即座に反応。弓浜絣だ。寸法見がてら値段を見る。寸法は裄が足りないくらいであとは大丈夫そう、値段はMちゃん次第。試着したらなんとまあ彼女によく似合ってあとは即決だった。 ![]() 洋服に比べたら出費した感が強いはずなんだけど、「これは!」なきものに出くわすと、出費のこわさよりもそれを身につけたい欲のほうが大いに勝る。もちろんべらぼうに高価なものは別だ、手を出そうとすら思えない。自分の身の丈に合った手の届く範囲で思う存分楽しむ。何枚持っていようが、出逢ったときのときめきは毎回初恋に匹敵するほど、なのだ。 2012年 05月 22日
ここひと月くらい、cafe green gingerに足繁く通っている。中上健次の「千年の愉楽」がきっかけになって、カフェにいつも休憩に来ているオテル・ドゥ・スズキのパティシエ・鈴木氏から故郷としての新宮の話をたくさん伺い、わたしが仕事でお世話になっている人たちが偶然にも鈴木氏と新宮つながりがあって、世間って狭い!とびっくりしていたらまたも、新宮ネットワークが広がった。
陶芸家の方から数日前にメールが届き、おととい初めて電話をいただいた。ひとしきりお話したところで、彼のお父上が新宮の出身だという話に。そこで、最近わたしの周辺で広がりつつある新宮ネットワークのことをかいつまんで説明したらなんと、そのお父上とパティシエ・鈴木氏が友人であることが判明。わたし自身は新宮と全くの無縁者なのに、周りには新宮ネットワークが着々と広がりつつある。面白い、すごく面白い!これはもう、無縁なんかじゃないんだと思う、新宮と。 中上健次の小説を読んで以降、そこに出てくる「夏芙蓉」を現地でじかに見てあの濃厚な物語の一端なりとも体感したいと思ってきた。数年前に作品撮りで三重〜和歌山をうろついた際、新宮にあえて行かなかったのは、旅の流れでではなく新宮を目的として後々訪れたいと思ったからだ。まさか訪れてもいないうちから当の新宮とこんなにご縁が発生するとは、思いも寄らなかった。 ![]() (写真右は本文中に登場した陶芸家、寺村光輔さんの作品。吉祥寺 mist ∞ にて購入) 2012年 05月 22日
2月に撮影したレシピ本が形になった!
「うま塩うまだれごはん」(西山京子・アールズ出版)。 ![]() おいしかったよなあ・・・って食べたものたちを思い出していたら、こんな時間だってのにお腹が空いてきた。どうしてくれよう・・・。 2012年 05月 21日
我が家に新入りの猫が・・・!
![]() 近所の「ぎゃるり薇葡萄」で出逢った小泉尚子さんの猫カップ。ほかに、熊や兎、羊、ふくろうもある。サイズが様々あったが、手にのせやすいサイズを選んだ。なんだか不思議とおかしみのある楽しいカップで、我が家にお越し願って以来コーヒーを飲む回数が増えた気がする。 少しずつ器の類いの断捨離をしてきた。きのうは、これまで引き出物でいただいてきた素敵なんだけどわたしの食生活にはどうもしっくりこなくてほぼ未使用の大皿数枚を、透明ビニールに入れて、アパートの入り口に「ご自由にお持ち下さい」と出しておいた。どうやらすぐになくなった様子。 いただきものをなんでもありがたいありがたいといって残しておくと、この狭い部屋はたちまち物であふれてしまう。我が家でくすぶり続けるよりも、よそさまへもらわれていったほうが君の本領を発揮できると思うよと言い聞かせ(?)、どこかの誰かにもらってもらう。そうして、今の自分のライフスタイルに沿う素敵だなと感じたものにお越しいただく。数はいらない。同じものをたくさんもいらない。おかげで今手元にあるものは、どのお店でどんなふうにして出逢ったかまで憶えている。この器を選ぶとき、店主から作家さんの話をたくさん伺ったとか、それはもう性急に恋におちて手込めにしたとか、そこに何を盛るかがたちどころに見えたとか。 ![]() 2012年 05月 21日
花組芝居・大野裕明氏脚本演出による今年の舞台の主人公は「萩原朔太郎」。
没後70年なんだそう。朔太郎作品はたしか「猫」に惹かれて「猫町」を読んだだけ。朔太郎にかぎらず、「詩」というものをあまり読んでこなかった。わたしの中に「浪漫」の要素が足りないのだろうか、「詩情」を解するのに遠く及ばない・・・。 神保町の美容室「eida」とその界隈で撮影された今回の宣伝ビジュアル。その日、滅多にひかない風邪をひいて頭が朦朧としていた。当初すりあわせていたメインビジュアルのイメージが場所的にちょっと無理がありそうだったので、「eida」のいい感じに使用感のある床を背景に使ってしまえと、朔太郎役の丸川くんと父役の加藤さんに床に寝転がってもらい、ライブな表情が欲しいあまり、「かえるのうた」を歌ってちょうだい、と注文したのだった。朦朧のあまり暴走気味だったけど、結果いい顔撮れたからよしとしよう・・・。 ![]() 「交響曲 月に吠える」 明治・大正・昭和と生き、「近代日本詩の父」と言われた萩原朔太郎に、一人のジャズピアニストと、四人の俳優達が挑む新しいカタチの音楽劇。 脚本・演出/大野裕明(花組芝居) 音楽・演奏/保坂修平 振付/堀川炎(世田谷シルク) 出演/丸川敬之(花組芝居)、藤澤志帆、加藤幸夫、鈴木陽代 東京公演:8月28日(火)~9月2日(日)@絵空箱 静岡公演:9月7日(金)~9月9日(日)@アトリエみるめ 前橋公演:9月15日(土)@前橋文学館 詳細&お問合せ:おおののHP おおの氏の手にかかると、純文学の世界が軽快で爽快で親近感の湧く人間ドラマになる。この作品もきっと面白くなるにちがいない! 2012年 05月 18日
自分ではほとんど買わない、けれど人からいただいて嬉しいもののひとつに、「レトルトカレー」がある。仕事で遠方に行ったときにお土産で買ったりするのも、「人からいただいて嬉しい」と自分では思うからで。
先日、たまたま「近所になりました」メッセージをEさんに送ったところ、その夜ご飯を食べようということに。「ひとりじゃなかなか入れないから」とお好み焼き屋へ行ったら満席、Eさんがよく行くという中華食堂へ入った。遅くまで開いているこのテの店ってほんと重宝する。 久しぶりの再会を祝して乾杯ののち「ハイ、これ。お裾分け」とEさんが差し出したのが「木の屋石巻水産」の鯨カレーのレトルト。頻繁に落語会を開催している経堂の「さばの湯」が、震災以降「木の屋石巻水産」の倉庫に残った缶詰を販売したり石巻行きの物資をお店で募ったりしており、その活動を通じてこの水産会社の存在を知った。監修には松尾貴史さんの名前が。これはきっと美味いはず、と期待して早速翌日の朝ご飯に登場願った。 ![]() 今やどこにいても同じようなものを食べられるくらいに冷凍や配送技術が進歩したわけだけど、時折地域性の強い独特の食文化に出くわすと、その土地の風土や歩んできた歴史に意識がいく。「○○に行ったら△△食べなきゃ〜!」という旅が楽しい。故郷・茨城北部へ遊びに行く人あらば、「是非あんこう鍋を!」と勧める、自分じゃ一度しか食べたことがないけど。「食文化」はそこで生まれ育った人を構成する大事な要素。「誇り」として守られ続けて欲しいもののひとつだ。 2012年 05月 16日
事務所が新天地へ移ってひとつきと半分が過ぎた。
作業の合間、開け放った窓辺に椅子を置き、外を眺めながら煙草を吸う。目の前に展けた空間があると、何を見るとか考えるとかすることなしに、ただただぼんやりに埋没できるものなんだなあと気付く。移転することで、極上のぼんやり習慣を手に入れた。 シェアする相手は来月からの合流だから、今のところひとり使用だ。今日は大橋トリオの音楽を流しながら、きもの媒体で使用する写真の色調整などをした。注文してある棚が届けばほぼ自分の荷物は片付く。前回の事務所よりスペースが狭くなった分、不必要と判断したものは潔く捨てた。後生大事にとってあったカメラマンになりたての頃の掲載誌の切り抜きなどもきれいさっぱり処分した。それがなくても、カメラマンとしての今の自分を伝えられるから。 ![]() 写真を撮る営みの中では、撮ること一点にのみ集中しきりたい。撮ったら後はさばさば、忘れちゃうくらいさばさばしていたい。あれこれ拘泥しなくなるその時がなんとなく見えてきた気がする。 (写真は新天地用に購入したルームシューズ。竹の繊維が織り込まれていて、履き心地がとても爽やか) 2012年 05月 11日
事務所の最寄り駅・参宮橋に、先月半ば、新しいベーカリーがオープンした。
上田や代々木八幡にある「ルヴァン」で修業された方が独立しオープンしたんだそう。どうりで!パンの顔というか雰囲気が似ていると思ったのだ。 以前、季刊誌「うかたま」の撮影で上田のルヴァン本店へお邪魔したことがある。早朝からパン作りに取り組む甲田さんやスタッフさんたちの動きやたたずまいを見て、農業や漁業、林業など第一次産業に従事する人たちから伝わってくる厳しさというか律する感じというか、そういうものを感じた。ともに自然を相手にしているから(ルヴァンは自家製の酵母を使っている)ってことなのかもしれない、その類似性は。 ![]() 2012年 05月 10日
cafe green gingerのUさんから、ある日メールが入る。「お店のお客さんが息子さんの結婚式の写真を撮ってくれる人を探してるんだけど、むーちょさん、どうですか?」と。
そろそろ結婚式撮影はおいとましようかなと思っていた矢先だった(なにしろ、自分の結婚が全く見えないので・・・)けど、カメラマンを探しているというその女性が、同じ街で作家ものの器などを集めたギャラリーを展開していて、きものが大好きで、元・辞書の編集者をしていた・・・などと聞いたら、この人と出逢ってみたい気満々になって、引き受けることにした。 後日「ぎゃるり薇葡萄」に伺い、初対面を果たす。この日はワークショップのお客さんがわさわさ訪れ慌ただしそうだったので、話もそこそこに後日改めてということに。きのう、その改めてで再訪してきた。 結婚式の詳細や写真の話は結局ちょこっとだけで、後はずーっとひたすらきもの話で夢中になる。彼女が頻繁に訪れ買い物している呉服屋さんが経堂にあって、わたしがすごく気になっている呉服屋さんも経堂で。同じ店のことを話しているのかと思っていたら、途中でどうも違うことに気付く。「道理で微妙に噛み合ないはずだね!」と笑った後、わたしは今まで訪れた素敵なきもの屋さんの話をあれこれ、彼女は京都にあるご夫婦でやっているという白生地屋さんの帯揚げがいかに素晴らしいかの話や仁平幸春さんの帯の面白さについてあれこれ。お互いに素敵なものの情報を交換しながらひたすら話をした。身体の中が熱くなった(きものの話をしているといつもそう)。 ![]() 2012年 05月 10日
LUSHの東北取材でご一緒したUさんは、偶然にもわたしと同じ街に暮らしていて、「cafe green ginger」というショウガを軸にしたメニューてんこもりのカフェをひとりで切り盛りしている。
取材から戻って数日後、冬物をクリーニング屋に出しに行った流れで彼女の店へぷらっと顔を出した。これが愉快な出逢いの幕開けになるとは、そのとき家着にノーブラですっぴんだったわたしには予想だにできなかった。この街に暮らして15年、今まででいちばんこの街を楽しんでいるまさに渦中にいる。 カウンターテーブルの隅に積んであった本の中から「百年の愚行」を選んだのはタイトルに惹かれたからだ。20世紀に世界中あちこちで起きた人間による愚かなる行為を写真ビジュアルで示した本だった。「その本を手に取る人、一年にふたりくらいですよ」とUさん。「タイトルに惹かれたの。『千年の愉楽』って小説が・・・」と言いかけたそばから彼女の「中上健次!」と言う声がかぶった。 そこから新宮話で盛り上がる。カフェの常連のパティシェ氏が新宮出身で、店に来ると新宮の話をたくさんしてくれ、中上健次の話ももちろん出て、それで行ってみたくなってUさんは今年のあたまに新宮を訪れたんだそう。わたしはといえば、いまだ新宮を訪れてないものの行ってみたくてたまらない場所で、知り合いの新宮出身の染色作家さんの帯を今年あたまにとうとう手に入れた。そしてUさんもわたしも中上健次の作品を熱心な読者ほどではないにしても、何作品か読んでいた。 ![]() 「わたしが仕事でお世話になっている方も毎年熊野の火祭りに参加してるって話してました」と言ってその人の名前を告げると、パティシェ氏は顔見知りだということでまたも話が広がる。偶然が連鎖した。しかもUさんとは読書の好みや発想の仕方がどうやら一致するようで、彼女が殿方だったら、もしくは自分が男だったら、即恋に落ちてしまったろうなというほどで。 Uさんはパティシェ氏を「ますらおぶり」と表現する。お逢いしてこんこんと話を聞くと、この「ますらおぶり」という表現が言い得て妙だと納得する。そして彼女とわたしは、そんなますらおぶりを備えた未婚で30歳以上の殿方がそばにいたら!と空を仰ぐ・・・。 今年の夏は文学旅をしたいなと思い始めた矢先のこの出逢い。もうこれは中上健次の世界を追うつもりで新宮に行くしかないだろう。機が、訪れた。 2012年 05月 08日
ヘアメイクのちかさんに最近紹介していただいた「COTTIDIE」のデザイナー・Mさんから、「このショップ、むーちょが好きなものたくさんあると思うの。行ってみて!」と勧められて初めて訪れた「fennica」。原宿のInternational Gallery BEAMS内にあるのだが、ファッションブランドに疎いわたしはBEAMSにこんなレーベルがあるのを知らなかった。日本のクラフト作品たちが並ぶディスプレイを見ながら思わず、鼻血が出そうなほどに興奮する。
特に富山の桂樹舎の型絵染めの箱が素晴らしい。見るなり真っ先に「欲しい」と思いはすれど、現時点で何を入れるのに使ったらいいか皆目見当がつかない。中身を入れたら後は机の引き出しにしまっておく・・・というんじゃ、宝の持ち腐れのような心地がする。単なるインテリアとしてではなく、箱であるからには必要の要を満たしたい。結局用途が何も思いつかず、残念感満載で今回は手を出さなかった。 ![]() 2012年 05月 08日
連休早々に恒例のこたつの撤去&衣替え、加えて衣類の断捨離を敢行。
おそらくもう着ないけれどまだじゅうぶん着られる状態の衣類は、洗濯後きれいに畳んで透明の袋に入れ、「ワンピース」「半袖」などと中身の説明書きを添えて、通りから見えるようアパートの入り口に置いたダンボール箱に入れておいた。「ご自由にお持ち帰りください」と書いた札を付けて。 布団を干したり室内をほうきで清めたりした後買い物に行くのに外に出てみたら、10着くらい衣類を入れておいた箱が空っぽになっている。助かった。無下に捨てずに済んだ。おかげですっきりさっぱりした。こんなことを時折やっているけど、気をつけてはいても使える不要品というのが出てくる。買い物の仕方を考えるいい機会になった。 ![]() 年はとっても元気でいてくれるから、毎年おなじみの・・・と思いながらこの風景を眺めていられる。飯よこせとぎゃあぎゃあ騒ぐのも元気だからこそ。ぱちが元気でいてくれるなら、召使い(飯遣い?)に甘んじるのもよしとしよう。 2012年 05月 08日
この連休中、帰省しようかと思っていた日が大雨で、さすがにこの悪天候での猫連れ帰省は辛かろうと思い、急遽予定変更で帰省せず。その日は家にひきこもって、ふだんなかなかできない針仕事にいそしむ。
着ていない長襦袢をほどいて、袖はそのまま襟付きの半襦袢用に、スナップで付け外しできるようにする。身ごろ部分は半分を裾除け用に転用。いわゆる「うそつき襦袢」とやらが手縫いで完成。これで初夏のこの時期に少しは涼しくきものが着られる。それにしてもスナップを8個縫い付けるのにいったい何時間かかったろう・・・。不器用って厄介だ。 ![]() 2012年 05月 07日
1日、浅草で「東京かわら版」の表紙巻頭の取材撮影。初めて浪曲協会に足を踏み入れる。昔あちこちにあった寄席ってこういう風情だったんだろうなあ・・・落語・講談・浪曲などの語り芸って、畳の上に座布団並べて、というスタイルがやっぱりとってもしっくりする。マイクを通さなくても声がうなりが響き渡る。外野の音など打ち消してしまうほどの声量と、節と呼ぶのだろうか、話のテンポの心地よさに圧倒された。
浪曲はまだ数えるほどしか聴いたことがない。国本武春先生で初めて浪曲を聴き、面白いものだということがわかり、その後何度か聴く機会があって、そうして武春先生の御本で高座撮影するご縁をいただいた。楽しい撮影で、御本もあっという間に読み終えてしまうくらいに楽しかった。もっと聴いていきたいなと思っていた矢先の今回の取材でありがたい。 その武春先生の出版記念の会のときにたまたま同席したSさんと、この日会場で再会。彼はおそらく40代半ばあたりだろう、勤めがあるため木馬亭の定席は土日しか行かれないけど、客席を占めている60代70代の人たちの年齢に自分がなったときに浪曲が廃れて聴けなくなってしまうのは哀しいから、なくならないようにせっせと通ってます、と熱く話されていたのが印象に残っている。高座のすぐそばで、座布団にあぐらをかいて全身で聴き入っているようにうなだれた姿勢だったのが、座席後方から撮影していて目に留まった。この日は毎週火曜日夜、浪曲協会での会が始まったちょうどその初日で、客席は思いのほか若い人が目立った。Sさんと想いを同じくする人もいるにちがいない。わたしも聴く機会を増やしていこう。 ![]() その後、浅草寺裏手のパン屋さん「粉花」へ。事前に電話を入れパンたちを取り置きしてもらってあった。そのままそこでお茶とおしゃべり。先客でいらした鞄デザイナーの藤田さんをご紹介いただく。何かを作ってそれをお客さんに提供する、という生業にまつわる心情などについて、4人でわいわい話す。好きで取り組んで生み出したものに相手がお金を払ってくれる、ということのありがたさ・・・ものそのものの良さよりも作り手自身が強すぎて、いつの間にかその店から足が遠のいてしまっていることがあるよね、なんて話もする。そもそも「こだわる」という言葉は本来いい意味で使われる言葉ではないわけで。ゆえに「こだわり」を連発されるとそれだけで気持ちが萎えてしまう。まあ、わたしがひねくれ者だからなせいでもあるけれど。 ![]() トリは小三治師匠の「粗忽長屋」。場所が浅草なだけに、その辺ではっつぁんくまさんがうろうろしているような、自分も噺の中の住民かのような、そんな感じがしてくる。気のせいかもしれないけど、高座を終えた師匠の顔が実に嬉しげで、目がにこにこ笑っていた。 2012年 05月 06日
今年の連休は仕事のことをほぼ忘れ、ばっちり遊んでしっかり休んだ。いい連休になった。
友人から、母譲りの反物があるから仕立てたい、ついては着付けも憶えたいと相談を受けたのは今年の最初の頃だったか。仕立ては麻布十番の松美屋さんを通してお願いし、そこで帯も調達、この連休最初の土曜日に新事務所で着付け初めをした。資格も免状もないわたしが教えるので、あくまで普段着としてきものを楽しむレベルのことしか伝えられないけれど、さらなる興味がわいた暁にはずぶずぶときものの海の深みにはまっていって欲しいもので・・・。 ちょうどそんな折、イラストレイターで着付けの師である岡田知子さんから一衣舎さんの展示会のお誘いをいただく。きものビギナーの友人を誘ってあるというので、わたしも着付け初めの友人を誘って4人で出かけた。汗ばむような陽気の日に、場所は北烏山の妙壽寺鍋島客殿。とても風情のあるいい場所で、家からさほど遠くないところに京都のようなお寺だらけの町並みがあるなんて今回初めて知った。歩いているだけで楽しい。 ![]() 何人かの作家さんから制作過程の話を伺い、一衣舎の代表・木村氏ともお話させていただく。こうした布たちを見ている間、「大地の恵み」という言葉が頭の中にずっとある。地べたに近い気配が濃厚な作品たち。そうしたものを身にまとうと、大地からのエネルギーに包まれ守られている感じがする。工業製品的なきものや帯ではそれを味わえない。手仕事系のそれらをわたしは勝手に「大地の恵み系きもの」と呼んでいるのだけど、この展示会は大地の恵みに満ちていた。 ![]() ふたつの展示をかなり集中して眺めていたのだろう、身体が火照っていた。近くのカフェでクールダウンを兼ねてお茶をする。脳裏に焼き付いて離れない布たち。それらの放つパワーにすっかりあてられた一日だった。 2012年 05月 02日
先日「くるり」のファンクラブ会員を更新した。何年前に加入して何度目の更新になるのかすっかり忘れているけど、ファンクラブに入っていたほうが圧倒的にライブチケットの確保が楽だ。年会費3000円はお安いところだろう。
自分はひとたび「夢中スイッチ」が入ると、猪突猛進な勢いで対象に入れこむ性分であるということが、三十路突入してからの日々を振り返ってみてよくわかる。住まいには自分が好きなもの興味のあるものしか置いていない。センス良くシンプルスマートに暮らすのとはほど遠い、「私」自身に直面させられ続ける「自分臭」が濃密な住まい。それらを隠しようがないくらいに狭いのだから仕方ないのだが。 「くるり」にはまった数年前もすごい勢いだった。持っていないCDをまとめてごそっと買う。バックナンバーを扱っている店で彼らが特集されている音楽雑誌を買いあさる。オフィシャルウェブサイトの「岸田日記」を最初から読み通す。ツアーとなると東京のみならず地方のチケットも抑える。インストアライブやラジオ出演があると並んでまで観に行く。で、二年間くらい家では「くるり」の音楽しか聴かなかった。濃密な「くるり」まみれの日々。 ![]() 猪突猛進で好きな時期は過ぎ去った。けれどその後に訪れたのは、ゆっくり静かに長く好きでい続けていくような、そんな穏やかな気持ち。今月から始まる「小箱ツアー」と秋の京都音博のチケットを、ファンクラブで先取りした。どことなくふわっと楽しみにしている。 2012年 04月 27日
きもの媒体の撮影で湯島をぶらぶら。訪れた輸入雑貨屋「nico」さんで久々の物欲噴出。そしてなぜか谷中の「旅ベーグル」も販売されていた。
撮影中なれど、売り切れては泣くに泣けないとベーグルを2つ購入。白ごま・あんこ・甘栗入りで、店内でのイベントに合わせた特別バージョン、だという。撮りながらも目に焼き付いて離れないメキシコのカゴバック、タイ男子の腰巻き布は、この日の撮影がひと通り終わった後で店に舞い戻り手込めにした。 ![]() 何か目的をもって買い物するのはたいていヨドバシカメラにおいてであったりする(つまり業務用)から、これはまた別次元での買い物話になるので置いといて。「この店いい感じ」とふらりと入った店でたまたま遭遇しひとめ惚れして買ったものは、その後も楽しみや嬉しさが持続する。店の人とたわいないおしゃべりをしたり、セレクトしてきたものの背後にある物語をきいたり、その店の空気を存分に感じたり、そしてこれはかなり重要だと思うが触りまくって感触を確かめたり、そうした結果「これ買います」となる。ネットショッピングとそもそものところがまるで違う。当たり前か、手に入れたときの悦び度に大いなる差があるのは。そんなわけで最近はネットショップできものや帯の類いを買わなくなった(まあ、今まで暴走しすぎたし)。 ![]() それにしてもタイの男子はオシャレだ。こんな素敵な色合いの布を腰巻きにしているだなんて。思わず朝ご飯の背景に敷いてしまった、腰巻き布なのに。 2012年 04月 27日
今度の事務所はベランダがない。だからなんの障害もなく光はそのまんま差し込むし、景色もそのまんま見えてくる。正面は高層マンション、右手には高速道路。にも関わらず、閉塞感を感じないのは、間に大きな青空駐車場があってそこには建物がないからだろう。決していい眺めではないけれど、なんとなく抜け感があって居心地がいい。
![]() 2012年 04月 27日
ちょっと前にふっと気付いた。ああ、そうか、わたしとても疲労が溜まっているんだ、と。
どこかが痛いとかだるいとか食欲不振とか起きるのが億劫とかいつも眠いとか、そういうのは皆無だ。どっこも不調じゃないし、飯もすこぶるうまい。ならばどうしてどこかどう疲労なのか。明確に疲労箇所を示せれば対処法もあるだろうが、そうじゃない。なんとなく全体的にあちらこちらが煮え煮えな感じとでも言おうか。このテの疲労感をちゃんと意識したのはもしかしたら初めてかもしれない。 以前、算命学を学んでいるOさんにわたしのもっている星を見ていただいた。武藤さんは「車騎星」をもっていて、これは突っ走っていく星だから、武藤さんの仕事のことを思えば納得の星なのね。でも、走って走っていきなりぽっきり折れちゃうことがあるから気をつけるといいよ・・・大まかに言うと、そういう話だった。 この「疲労が溜まっている」感を実感してすぐ思い出したのが、この「車騎」という星のことだ。検索してみたら性状を表す言葉のところに、「即断即決」とか「猪突猛進」、「直情径行」と真っ先に出てくる。世の中にはわたしなんて足元にも及ばないくらい頑張って骨身を削っている人はあまたいるに違いないけど、自分は自分で持ち合わせたキャパなりにできることを集中してやってきた、女としての幸せを置いてけぼりにしてでも。だからエライとか阿呆だとかいうんではなく、これはもう、性分。大学を卒業して写真業界に関わって以降、極端に言えば、写真を撮ることで日々の悦びを得ていくということしか考えてこなかったとも言える。 ![]() 元来の詰め込み体質を徐々に改善していこうか。身体が空いていれば仕事は詰めるけど、そしたらほかの時間を解放する、とか。ぼーっとするとかなんとなくごろごろするとか、ただお茶を飲むとか、なんにもしない時間というのを受け入れてあげよう。今までは怠けているような気がしてそういう時間を積極的に取り入れてこなかった。違うのだ、それはスイッチをOFFにすることなのだ。意識しながらすることではないのだろうけど、慣れてないことは意識してでも生活の中に取り込んでいく。そのうち自然とONOFFの呼吸がつかめるようになるだろう。長く仕事を続けていくための第一歩、自分を信じてあげなきゃだ。 2012年 04月 22日
陽気が良くなってあちこちでいろんな花が咲き出して、ちょっと寒い日があっても冬物を引っ張り出すほどではないくらいに春めいてきたら、木綿のきもので出かけたくなる。
そんなシーズンが巡ってきて今年も出番がやってきたのは会津木綿のきもの。ネットのきものショップで仕立て上がり新品のセールで買ったこのきもの、最初はちょっと大きめ寸法だったけど、縮むことを狙って洗濯機でがらがら洗ううちにちょうどいい案配になった。 去年の震災以降、このきものを着るときは殊更福島に想いを馳せる。わたしはこの会津木綿の色合いに元気をもらっている。 ![]() 2012年 04月 22日
今朝、盛岡の落語会の世話人Y氏より、郵便物が届く。開けてみるとそこにはこぎん刺しの小物と盛岡の情報誌「てくり」が。とても素敵で朝から小躍り。いつもありがとうございます!
このこぎん刺しの小物は花巻のサトウ雑貨店という店のものだそうで、30代の主婦の方が自宅で手作りして販売しているのだとか。つい先日、代々木上原の雑貨店「kokkoma」で岩手の手仕事作品を見る機会があり、伝統をベースにした現代に見合うデザインだなあと感じたばかりだった。伝統にあぐらをかくのではなく、伝統を現代に反映させるその見事さにはっとなった。そういえば、去年夏に盛岡へ行ったときも、街全体から洗練されたモダンな印象を受けたのだった。 以前、京都のとある伝統工芸の職人技を間近にする機会があった。わたしと同世代の職人さんだからその世界では若い部類に入るのだろうが、生み出された作品がどうにも古めかしく野暮ったい。ギャラリーの女性が、彼は将来有望な職人で素晴らしい腕の持ち主だと説明してくれるのだけど、こしらえているものがアクセサリーであるにも関わらず、ちっとも素敵じゃなかった。わたしの好みだけで判断するのはもちろん乱暴なのを重々承知で言うのだが。 ![]() 背景には、去年夏に盛岡の草紫堂でひとめ惚れし、「これも東北支援の一環よ!」と我が心に言い訳して購入に踏み切った紫根染めの帯を。お店でたくさんの紫根染めと茜染めの品物たちに囲まれたら、高くつく買い物だとはわかっていながらも止めることができなかった。この帯のために味噌汁と白米と納豆の生活が続いてもかまわないと思った。 個人の趣味嗜好が大きく反映されることゆえ、あくまで好みかどうかの話にすぎない。が、周りにも岩手の手仕事作品のファンが多数いることを思えば、自分のこうした言い草も見当ちがいではないだろうな。 2012年 04月 22日
LUSHの東北取材行脚最終日は石巻へ。前日の宿泊は小牛田駅前にある老舗旅館・旭館。食堂の座布団カバーが弓浜絣と久留米絣だったのがきっかけですっかりテンションが上がりあれこれおかみさんに尋ねると、旅館内にさりげなく使われているこぎん刺しのタペストリーやら泥大島のカバーやらを見せていただいた。素敵!
![]() ![]() 今回の東北取材行脚も前回に続き濃密で、気付かされることや珠玉の活動と言葉に満ちていて、忘れられない時間になった。市井の中にいるすごい人たち。「大隠は市井にあり」・・・なんて言葉が脳裏を過った。 2012年 04月 16日
山元町から仙台へ戻り、遅れていた新幹線に乗り込んで新花巻へ移動、一泊。翌朝、釜石線で釜石へ向かいレンタカーで大槌町吉里吉里へ向かう。行き先はNPO法人「吉里吉里国」。ここはLUSHが「チャリティポット」の売り上げで支援している団体のひとつだ。
沿岸部を進む。何度も報道で耳にした「鵜住居」地区を通る。新聞に載っていた地図ではつかみきれなかった地形や風景が目の前に広がる。瓦礫はすでに撤去され、天気が良く車で通るだけだと、もともとそういう風景なのかと錯覚してしまいそうだけど、目を凝らすと津波の爪痕はあちこちに残っている。開いているお店をよくよく見ると、建て直されたばかりだったり修繕してあったりする。 ![]() 家を流され避難所暮らしを共にした仲間たちと、吉里吉里再生のために立ち上げたのがこの「吉里吉里国」で、美しい海は山が作るをモットーに山の再生をめざしていくのだという。大地が揺れ津波に襲われた去年の3月11日から「吉里吉里国」誕生までの軌跡を、そのときどきの心情や状況を交えながら詳細に説明してくださったのが代表の芳賀さん。子どもの頃に遊んだ野山のこと、若い人が少ないという大槌町のこと、まだまだ立ち上がれないでいる同じ被災者への配慮、「誇り」について、吉里吉里の山や海の美しさのこと・・・たくさんの話を作業しながらあるいは昼食の合間にしてくださった。それはどれもこれも心に深くしみ通っていく話ばかりで、そしてよそ者であるわたしの心ですらも大きく震わせるような力強い話だった。なんと素敵な人たちだろう。 ![]() 午前中はLUSHチームも木材の運搬を手伝い、午後は立ち枯れの杉の木の伐採を見学し、小枝を拾うなどした。宮城の栗駒から木材の専門家氏がいらしていて、伐採した木の検分をし伐採時の注意を伝え指導もされていた。芳賀さんは、失うものはもうないから残りの人生を賭けて山を海を再生することに全力を注ぎたい、子孫たちに美しい野山を伝えていきたい、と強く話された。ほかのメンバーの方々も芳賀さんのその姿勢や考えに強く惹き付けられ行動をともにしてきたんだそうで、そこには厚く強い信頼関係が感じ取れた。思わず隆慶一郎の歴史小説に描かれる「もののふ」の姿と重ねてしまう。とても似通ったものを感じたのだ。男の世界だなあと感じ入り、嗚呼羨ましいと久しぶりに憧れるものがそこには横たわっていた。素敵すぎる、眩しいほどに。 ![]() 2012年 04月 15日
ハンドメイドコスメ「LUSH」のお仕事で再び東北へ。今回は福島との県境近くにある亘理郡山元町、岩手は大槌町の吉里吉里、そして宮城の石巻。またも濃密な時間を過ごしてきた。
前日の暴風雨の影響で新幹線が途中停止するなどして、仙台まで5時間かかって到着、車で山元町の山元いちご農園へと向かう。途中、震災直後に遺体安置所になっていた名取のボウリング場の前を通る。道路標識には、報道で何度も見た壊滅的な被害を受けた地名がいくつも出てくる。津波被害のあったエリアと免れたエリアとが隣り合わせで、あまりの風景のギャップに息をのむ。名取の沿岸部を襲う津波の映像をテレビで見たけれど、山元町もまた甚大な津波被害を受け、いちご農家の大半が被災したんだそう。ほとんどが家族単位の小規模経営で再建への道が困難なため、数軒の農家が集まり株式会社という形で再起。更地の中にそこだけ数棟のビニールハウスが出来上がっていた。 ![]() この農園のいちごがLUSHの製品に原材料として使用されるにあたっての取材であった。LUSHを通して被災地を訪れ、そこで様々なお話を伺い現状をじかに見られる機会はとてもありがたい。狭い日本の同じ空の下、同じ地続きにあるという意識を失わないためにも、見る聞く知る感じる考える・・・そしてできることならなんかしらの行動につなげていければと切に思う。 帰京し立ち寄ったスーパーで山元町産の「もういっこ」という品種が売っていたので思わず買って帰った。わたし個人にできる唯一のことだ。(写真は「もういっこ」の花)
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