フォトグラファーの武藤奈緒美です。日々感じたことや思ったことを、写真とともにつれづれなるままに。


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こまつ座「組曲虐殺」で観劇納め。

 すっかり出遅れたけれど、井上ひさし作品に深く感銘を受け、これからどんどんその作品に触れていこうと強く思った一年だった。

 そんな一年の締めくくりの舞台は、井上ひさし氏の遺作となった「組曲虐殺」。小林多喜二を取り上げた音楽劇。正直、とても辛く苦しい作品だった。けれども、その感じた辛さも含めて素晴らしい作品だった。観ないまま済ませなくてほんとによかった。

 井上ひさし氏は千里眼をお持ちだったのかとはっとするシーンが多々。多喜二の生きた時代を描いているのに、今の時代にも見事あてはまる、さまざまな光景、出来事、言葉。表に出てくる形は変わっても、根底の部分では何も変わっていない。人というのは根っこが同じ過ちを何度でも繰り返してしまう愚かな生き物だ、でもわたしは人を諦めない・・・そんなメッセージが強く強く伝わってきて、かつ多喜二の活動家としての短い生涯にも想いを馳せて、涙が止まらなかった。

 命あらばまた他日。元気で行こう。絶望するな。では、失敬。

 活動仲間たちの別れの挨拶なのよ、と言って交わされたこの台詞。太宰治「津軽」の最後のフレーズだ。そういえば太宰も左翼運動に傾倒していた時期があったはずだ。「絶望するな、多喜二くん!」と涙をこらえて彼の肩に手を置いた石原さとみ演じるタキ(多喜二の恋人)の姿がこのうえなく切なかった。

 絶望するにはいい人が多すぎる。
 希望をもつには悪いヤツが多すぎる。
 絶望と希望の間を橋渡しする人間が大事なのだ。

こまつ座「組曲虐殺」で観劇納め。_a0025490_11592557.jpg
 印象に残った多喜二の台詞。その橋渡しの役を買って出て、活動家・小林多喜二は地下に潜ってもメッセージを発し続け、やがて身近にいたスパイの密告により捕まり、そのまま築地署で拷問死する。その縦の時間軸だけ見ると壮烈で苛烈であっという間の花火のような人生のように思えるが、舞台で描かれた彼を取り巻く人々の中で青年・小林多喜二を見ると、短く苛烈でありながらも彼の人生の中にも愛情豊かで楽しげな時間があったことが感じられて安堵する(もちろんフィクションの要素はあるだろうが)。きっとおそらく、民衆にとっての心のよりどころ的存在だったに違いない。

 井上ひさし作品ならではのユーモアもふんだんに散りばめられているのだけれど、多喜二の死に方を思うと、思い切って笑うことができなかった。戦争というのはほんとにさまざまな非業の死をもたらす。あまたの死があって今こうして生きていられることを思うと、どんな関わり方や理由があるにせよ、とにかくむしょうに戦争反対と思わずにいられない。今年の観劇納め、すんごいものを観られていい締めくくりになった。
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by naomu-cyo | 2012-12-31 12:00 | お芝居 | Comments(0)