ふたつの訃報。
2015年 07月 12日
「幻の漂泊民・サンカ」が初見で、「日本民衆文化の原郷 被差別部落の民俗と芸能」(ともに文春文庫)、「『悪所』の民俗誌 色町・芝居町のトポロジー」「旅芸人のいた風景 遍歴・流浪・渡世」(ともに文春新書)、「辺界の輝き 日本文化の深層をゆく」(五木寛之共著 岩波書店)と読み継いだ。漫画「花の慶次」を読んで「漂白の民」という存在が気になり出し、民俗学関係のそのテの本を探るうちに沖浦氏の作品にいきあたったと記憶している。どこで見たのか失念したが軽快に飛田新地を歩く氏の写真を見たことがある。文体は明るく内容は読みやすく、こちらの好奇心をかき立てるような作品ばかりだった。点でしか知り得てなかったことが、氏の作品を読んだおかげで線で繋がったことも多い。歴史の檜舞台に登場しない大多数の民衆に宿る文化の面白さもたくさん教えてもらった。
落語を聴くようになって11年、寄席に行くと扇橋師匠の高座に出くわす機会がたびたびあった。ふわふわっとした軽い口調で何度も聴いた「弥次郎」や「道具屋」。「茄子娘」は師匠の高座で初めて聴いた。師匠の高座を聴くと、寄席っていいなあと感じたものだった。渋い色目のきものの袖からちらりと赤い襦袢が見えるといつもどきっとした。「東京かわら版」の取材でも二度お目にかかっており、最初は小三治師匠との対談、二度目は新宿末廣亭裏にある喫茶店「楽屋」での単独インタビュー。おもちを食べのんびりと煙草を吸い、島倉千代子さんからいただいたジャンパーをお召しになっていらしたっけ。高座のみならずインタビューのときでも、ご自身の間や空気をまとって端然としてらした。独特の、無類の、師匠だった。
世間の人が60そこそこで引退する中にあって、ご自身の生業からの引退と生を終えることとがイコールという、ある種特殊な世界に生きていらしたおふたり。自営業であるわたしからすれば、おふたりの生きようは心底羨ましい。その生業を続けていける腕と場とがあったということだもの。もう作品が増えていかなかったり高座を拝見できなくなったりするのがさみしい。ご冥福をお祈りします。