写真展、無事終了。
2016年 03月 09日
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前回の展示もひと月間だったけれど今回のほうが長く感じたのはおそらく開場時間の長さゆえだろう。9時から22時まではさすがに長い。どのタイミングで会場にいればたくさんの人に逢えるか、結局しまいまで読めなかった。撮影続きだったので、終わって夕方以降に顔を出し3時間くらい様子見して事務所に戻ってデスクワークするか、見にきた人とそのまま飲みに行くかの日々を送った。
展示中のあれこれは改めて書き記すとして。今回の展示は「落語」「東京かわら版」というキーワードのおかげで、ふだんの展示よりも不特定多数の方に見ていただき、感想をいただいた。11年分の「東京かわら版」での写真たちを前後期合わせて約70枚に絞るのはけっこう困難だったし、展示ぎりぎりまでヒヤヒヤしたけれど、及第点とれるくらいにはまとめられたかなあと思う。
「東京かわら版のステキな写真でお馴染みのむ〜ちょ武藤さんの展覧会、最終日の昨日、ギリギリに駆け込んで間に合った! いちいち額装しないでズラリ見せてくれるのが、いかにもフランクなむ〜ちょさんらしいね。
あした順子ひろしさんの写真に釘付けになった。ひろしさんがさ、とってもいい顔してるんだ。僕は辛うじて順子さんに首投げされるひろしさんに間に合っている。『笑芸人』って雑誌で「芸人の住む街」という連載をしてた時、ひろしさんちの前を通った。外壁が真っ黒な家だったな。やっぱ暗い人なんだろうか?って思ったんだけど、む〜ちょさんの写真見てホッとした。
む〜ちょさんが撮る写真は優しい。一瞬の隙を突くな〜んてことはしないんだ。柔らかく穏やかな顔ばかりがズラリと並んでた。つまり武藤さんは無糖じゃなくて、写真に上品な甘みを加える人ってことさ」
とご自身のfacebookページで紹介してくださった。
コメント欄に「見にいらした画家さんには『これからはその人が生来もっているさびしさとか侘しさも切り撮れるようになっていくといいね』との言葉をいただきました。味わいのある、ご本人をほわっと思い出せる、そんな写真を撮り続けたいなあと思います」と書き込んだところ、高野さんは、「落語も色物も僕らを気持ちよくしてくれる芸能です。クールな目で裏の裏まで見透かすような写真もあれば、その高座を見ていないのに上機嫌にしてくれる写真もあります。む〜ちょさんには心地よい写真を撮って貰いたい、そう思うんです」とお返事をくださり、それを読んだら一気に涙が止まらなくなり、撤収終わって事務所でデスクワークをしながらだーだー泣いた。常日頃寄席などで「やっぱり落語はいいなあ」とほくほくした気持ちでいっぱいになるのだが、その気持ちのままにこの師匠のこの表情、見てもらいたいなあという写真を選んだら、朗らかな写真だらけになった。その結果いただいた言葉。
後白河法皇が編んだ「梁塵秘抄」の中の「遊びをせんとや生まれけむ」をもじって付けた今回の展示タイトル。演者と観客の幸福な落語時間を想う。観客が写っているわけではないけれど、演者の前にはたくさんの観客がいる。12月末に談笑師匠の一門会に伺ったとき、階段状の客席の端っこから高座を見た。わたしの視界には手前の客席に座る人たちの横顔も入っていて、みんな頬が緩んで口角が上がり、あったかい表情で高座を見ていた。それはとても幸福な光景で、すごく印象に残った。そういうことも今回の展示に込めたかった。
お礼ハガキの手配も済んだし、それをしたためながら展示を振り返り次に繋げていきたいと思う。やることはたくさんある。まだまだ。ほんの序の口。