中上健次という偶然
2012年 08月 11日
正面の席が空いて、そこに新たに座った30歳くらいとおぼしき男性が読み始めたのが「別冊太陽 中上健次」だった。びっくりした、わたしの手許には中上健次「枯木灘」の文庫本があったから。
「どうして中上健次を手に取ったんですか?」・・・尋ねてみたかったけれど、もちろんできるわけもなく、そのまま自宅のある駅で降りた。
ほかの人がどういういきさつで中上健次を手にするのか、とても興味がある。今年は没後20年だから、出版業界ではいろいろと企画が組まれたりするのだろうが、だからといって誰もが積極的に読みたくなる作家ではないだろうというのがわたしの印象。自分はといえば、何作品かの中上作品を読んだけど、きっかけはなんだったか・・・。赤線関連の本や民俗学の本を読むうちに芸能や部落に関する本にも興味を持ち、そんな流れの中で中上健次の「鳳仙花」に出逢ったと記憶している。その古本屋で、「鳳仙花」の裏表紙のあらすじを読みながら、今が中上健次を読み始めるタイミングなのかなと思ったんだった。
電車の中のあの偶然。東野圭吾とか伊坂幸太郎ならそんな偶然もありそうだけど、こと中上健次となると、そうそう起こりえない偶然な気がする。映画だったらここから物語が始まるんだけどなあ、ウォン・カーワイ監督ならきっと極上の切ないラブストーリーに展開してくれるはず・・・なんて妄想をしてみながら、何も始まらない現実世界をほんの少し忘れてみた。