フォトグラファーの武藤奈緒美です。日々感じたことや思ったことを、写真とともにつれづれなるままに。


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「手鎖心中」(井上ひさし/文春文庫)を読む。

 井上ひさし氏が亡くなって二年半が過ぎた。氏の生前、わたしが意識的に触れた作品は「父と暮らせば」の映画版くらいだったと思う。感じるところ考えるところの実に多い作品だったにも関わらず、その時点でわたしに「井上ひさしブーム」は起きなかった。こまつ座の舞台も、チラシを見て興味を抱きつつも興味止まりで、チケットをとって劇場に足を運ぶまでにはいたらなかった。

 何故だったんだろう・・・と、今とても不思議に思っている。今年春、岩手県大槌町吉里吉里に取材で訪れたのがきっかけで、氏の「吉里吉里人」を読んだ。驚愕の面白さと強いメッセージに胸を打たれた。こんな作品を書く人だったのか。こんなに声高に想いをぶつける人だったのか。知ったときにはすでに故人、自分の迂闊さが悔やまれる。でも、作品は残る。それがありがたい。

 「手鎖心中」を読んだ。裏表紙にさくっと書かれたあらすじによると、江戸時代の戯作者の物語らしい。もうひとつ「江戸の夕立ち」も収録。読み始めたらこれがたまらぬ面白さ。落語に肉付けして書き物語にしたらこんな感じだろうな、という軽妙さであった。

 表題の「手鎖心中」の語り部は近松与七。どこかで聞いた名前・・・と思ったら、松井今朝子さんの「そろそろ旅に」の主人公、のちの十返舎一九であった。とことん洒落(駄洒落?)のめした作品で、材木問屋の若旦那は夢を叶えるために心中までも趣向として取り入れる始末。江戸の庶民の生活も匂うように感じられ、電車の中で読んでいるとその場に違和感を憶えるほどだった。

「手鎖心中」(井上ひさし/文春文庫)を読む。_a0025490_14423981.jpg
 「江戸の夕立ち」は大家の若旦那と太鼓持ち(幇間)の旅物語。しょっぱなから落語の「棒鱈」や「品川心中」を思い浮かべてしまうが、品川の海から一気に船に揺られて舞台は岩手の釜石へ。江戸時代の地方の生活が描かれる。人々は搾取されていた。思えば、これまでに読んだ時代小説は、身分制度のトップ、武士の生き方を描いた作品ばかりだった。背景に地方の庶民生活を描き込みつつ、主人公の太鼓持ち・桃八の珍道中とは呼べないくらいしんどい日々が描かれる。それでも桃八は太鼓持ちである矜持を捨ててない。どこにいっても洒落で芸で難事をしのいでゆく。桃八のたくましさよ!読みながら拍手喝采だった。

 二作品を読み終えて、そこを貫いているのはどんなに暗雲たれこめても希望を捨てないでいることの強さ、のように感じた。あきらめるな、投げるな、腐るな、顔を上げ続けろ・・・人のもつ底力を信じてやまない作者の想いを強烈に感じた。その先に明るい未来はあるから、なんてことは言わない。ただひたすらに人間力を信じている・・・人に対する深い愛情が行間からにじみ出ていた。遅れに遅れたけれど、これからわたしの井上ひさしブームが始まりそうだ。
Commented by みかん at 2012-10-29 17:19 x
そうですか、もう2年半になるんですねぇ。私はこまつ座の仕事をずーとしていたので、感慨深いものがあります。良い作品ばかりですが、「頭痛肩こり樋口一葉」の舞台も良いですよ。ぜひ。
そうそう、銀座のTARUは2月までなんです。バンドは1/19,2/23です。建築物と内装に昭和を感じに来てみて下さい。取り壊しは残念。
Commented by naomu-cyo at 2012-11-01 00:31
みかんさん・・・なんと!こまつ座のお仕事をされてましたかー!うらやましいっ!!!一葉の舞台は見てみたいと思ってました。ちなみに二兎社の「書く女」も一葉を描いた舞台作品でした。
TARU、なくなる前に行ってみたい・・・!
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by naomu-cyo | 2012-10-29 14:42 | 読書 | Comments(2)