「君の顔が好きだ」

　斉藤和義に「君の顔が好きだ」というタイトルの歌がある。初めて聴いたとき、「殿方からそんなことを言われる日はわたしには訪れるまいよ」と溜め息をつく一方で、男子らしいフレーズ満載なのとあまりに気持ちいい歌いっぷりとにとてもワクワクしたものだ。

　「君の顔が好きだ　君の髪が好きだ　性格なんてものは僕の頭で　勝手に作り上げりゃいい」

　と、ほんとにまあ勝手なフレーズが出てくる。でも、そこが楽しい。歌詞全体に男子の恋愛観みたいなものが散りばめられているようなのもまたいい。

　最近この曲のこのフレーズを久しぶりに思い出した。仲良しのOさんと、きものと履物の展示を見に浅草に出かけた折、ほかの店もひやかした。「こんにちはー」と声をかけて入ったそのお店は、浅草に行くとついつい訪れてしまう店。若旦那とは「落語」という共通の話題があるのであれこれおしゃべりするけれど、まだ一度しか買い物をしていない。心に残ってしようがない商品があり、何度も見せてもらっているのだけど、懐具合がよろしいわけではないのでなかなか手込めにできずにいる。かっこいい商品が多く、この日もOさんとうっとり眺めては「稼ぎたいわー」と溜め息をついた。

　店を後にし、昂揚した気分で観音寺裏通りのパン屋さん「粉花」に向かう道すがら、思わずOさんに、「わたし、あのお店の若旦那の顔とたたずまいがすんごく好きなんです！」と申告。すーっとした顔立ちで細くって色白で眼鏡かけてて・・・っていうのが好きなビジュアルで、そんなことを話すと「理系男子みたいな感じね」とよく言われる。そうかも、そうかも。自分が超文系畑だからか、研究室に籠っていそうな理系っぽいたたずまいに妙に惹かれるのかも。

　斉藤和義の歌よろしく、「性格なんてものは・・・」の通りで、人となりの部分は店頭で話すくらいではつかみきれないけれど、顔が好きなのだ。もしかしたら商品を手込めにする以前に、その顔を拝んで満たされてしまっているのかもしれない（いやいや、単に買えないだけだ・・・）。

　顔が好きといえば、もうひとり思い浮かぶ人（いや、顔）があって、それはわたしの住まいとは対極のところにあるカフェのマスター。眼鏡はかけていないけれど、この人も細くって色白だ。面と向かって話していると、なんだかほわっと癒される（言うことはけっこう毒舌傾向だけど）。やはり店で話すくらいでは人となりはつかみきれないけれど、顔が好きだと性格なんて二の次三の次だ。珈琲をいただきながら顔を拝んでハッピーな気分になってるって、なんだかカウンターだけの小料理屋で美人女将の顔を横目に見ながら熱燗をぐびっとやっている親爺といい勝負だ。

　かくしてわたしは日々我がまなこに栄養を与えている。どれだけあるのか判らぬ人生、できるだけ心地いいもの好きなものに接して暮らしたい。だからといって、現実感に乏しく過ごしていたくはない。今現在起きていること、知っておくべきしんどい出来事などにも好きなもの同様に関心を払っていたい。現実を知ることで見えてくる美も尊さもあるのだから。