39歳
2013年 07月 09日
小山清は太宰治に師事した人で、そのことはこの作品集を読むまで知らなかった。新聞の書評がきっかけで手に取り、日常や思い出の中のこまごまとした風景や心模様をとらえた素朴で味わいのある文章にほっとする想いで、ぽくぽくと・・・といった感じで読んだ。
吉原生まれの作者の子ども時代が描かれた「桜林」は、「たけくらべ」や落語の世界の雰囲気が行間のあちこちから匂いたつようでやたらと楽しかったし、孕んだ捨て犬に情が移ってついつい飼い始めた日々を描いた「犬の生活」は、野良出身の猫と暮らすわたしには共感するところが多々あって、うんうん言いながら読んだ。文庫のトリを飾る「メフィスト」が秀逸。読みながらにやにやし通しだった。終戦直後、津軽に疎開中の太宰に代わって三鷹の家で留守番している作者が、太宰を尋ねてきた女性に太宰のふりをして接する話。太宰作品で見かけるような言い回しもたくさん登場して、なんとも愉快な、師への愛情にあふれた作品だった。
同じ日にふたつの39歳ネタに遭遇なんて、これはなにかの暗示か・・・と思わず勘ぐる。かたや情死、かたや20も若い未成年と恋愛・・・。事実と小説だけど、どっちも遠いぜありえないぜと思わず笑いが出た。そういやスタジオを辞めた頃に見ていた昼ドラマのタイトルは「39歳の秋」だった。39歳設定の片平なぎさがたしか25歳設定の大沢健と恋に落ち、年齢をごまかしてつき合うのだがそれが露見してすったもんだ・・・という話だった。もしかして39歳というのは微妙なお年頃なのか。「サンキュー」と言い続ける一年にしようなんて軽いノリでいたいんだけども。
ふたつの39歳ネタによって本日気付いたことといえば、年齢のことを実はいちばん気にしているのは自分自身なんじゃないか、ということ。こんな生活しているくせに、自分にはわりと保守的な一面があり、その保守的な部分が自らを縛っている気がする。ここはやはり革命が必要でしょう。瓦解が必要でしょう。そう息巻きつつも、ヘタレなわたしは尻込みするばかりなんだなあ・・・。