こまつ座公演「太鼓たたいて笛ふいて」@紀伊國屋サザンシアター
2014年 02月 14日
遅れて席に着いたにも関わらず、あっという間に舞台に引き込まれた。「放浪記」で一躍流行作家入りした林芙美子のところにレコード会社勤務の三木が頼みごとをしに訪ねてくるシーン。この「頼まれる林芙美子」と「頼みにくる三木」という構図は舞台終わりまで繰り返される。その都度三木の勤務先が変遷し、その推移が日本が戦争の泥沼に入り込んでいく図と重なる。「戦争は儲かります」と言って林芙美子に従軍記者の話をもちかける三木は、自説を変化させながら戦争の甘い汁だけをすすり、戦後はうまいこと逃げ切って日本放送協会で番組プロデューサーに収まる。こういう調子のいい人間はきっとたくさんいたのだろう。
林芙美子は国民が物語を望んでいますという三木の口車にのって、戦意をあおるような文章を発表する。が、南方で目にした光景に衝撃を受け、自分の描いた物語の無責任さを恥じ筆を転じる。戦後は一貫して戦争で傷ついた人たちを取り上げ、命を削るようにして書きまくった。
林芙美子の真骨頂はこの戦後の文筆活動にこそあるんじゃなかろうか。大竹しのぶさん演じる林芙美子を見ながら、この人はとても正直な人だったのだろうと思った。書いて発表する立場の自分というものを重々承知し、間違っていたら言い訳もしらばっくれもせずにすみませんと頭を下げ、逃げも隠れもせずに行動に移した人。持ち得るエネルギーの全てを、戦争がどんなものだったかを描くことに注ぎ込んだ人。潔い生き様だったんだと心が震えた。

観劇の流れで林芙美子の代表作「浮雲」を読んでみた。戦時中、仏印で出逢い恋に落ちた男女が戦後どう生きその恋のおとしまえをつけていくかを描いた作品。情事の部分だけ眺めていられるほどロマンチックな作品などではなく、否応なく戦後の日本の荒廃、精神の荒廃が描かれる。きれいごとなんて一切ない、明日をも知れぬ今を必死になって生きている人たちの姿だらけで、キリキリしてくる。と同時に、描かれる土地の光景や匂いが行間からたちこめる。すごい筆致だと思った。焼け野原の東京を凝視しながら歩きまわる林芙美子の姿が目に浮かぶようだった。