フォトグラファーの武藤奈緒美です。日々感じたことや思ったことを、写真とともにつれづれなるままに。


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「スプートニクの恋人」を読む

 過日、事務所のある建物のエレベーターで犬を抱いた6階住民氏と一緒になった。彼とは前にもそこで遭遇しており、そのときもやはり犬を抱いていた。機材の入ったでかいリュックを背負っていたわたしに、「登山ですか?」と尋ねてきたのだった。初回も2度目もわたしは「触っていいですか?」と確認をとって抱かれている犬をなでた。毛艶のいい気だてのいい犬で、彼の醸す雰囲気とぴたりと添う。今回首輪のところに名札がついているのに気付いた。「SPUTNIK」とあった。「スプートニクっていうんだー!」と口にし、再びなでて挨拶し4階で降りた。

 「スプートニク」という言葉の響きがなんとはなしに好きだ。そういえば意味を知らない。ネットで調べてみたら、「付随するもの、転じて衛星」と書いてあった。飼い主である彼が惑星で、そのそばをくるくる動き回っているであろうあの犬は衛星ってことかななどと想像する。同じ建物にいる縁、ご近所付き合いしたいなと思う。6階フロアで「スプートニク!」と呼んだら逢えるだろうか。

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 そんなことを友人に話したら、村上春樹の「スプートニクの恋人」を貸してくれた。タイトルに惹かれていたものの未読だった作品。孤独な青年がまた出てくる。村上作品には決まって出てくるタイプ。エキセントリックな女の子もだ。そして美しい年上の女性も。このパターン、何度かあったよな・・・などと思いながら読んでいたのだが、ところどころぐっと惹き寄せられるセンテンスなりがあって、徐々にのめりこんであっという間に読み終えた。強烈に心を奪われる、とまではいかないけれど、村上春樹作品を読んだなあという読後感が広がった。今回は何より、終わりの感じがよかった。物語の先を想像したくなるような、終わらないような終わり方が、よかった。

 村上作品はセンテンスがあまりにも洗練されている気がして、読んでいると時々気恥ずかしくなる。比喩表現が会話の中によく出てくるのだが、込み入ったというかエスプリの効いたというか、そんな比喩を使う人間にこれまで遭遇したことがないので、わたしのリアリティには程遠いこともあって気恥ずかしくなるのだろうと思われる。そのあたりはやはり外国文学に精通している村上春樹ゆえなんだろうか。

 たとえば主人公がクラシック音楽とか外国文学ではなく、落語とか歴史小説に精通している人物だったと仮定したら、この主人公はけっこう理想的だなと思う。めいいっぱい甘えさせてくれそうなうえに、好きな落語や本の話を延々としていられそうだし、なにしろそこはかとなくジェントルマンだ。激しい恋をする相手というよりも、一緒に暮らしていくのに向いている相手かもしれない・・・などと勝手に空想を楽しむ。村上作品を読んでこんなふうに空想を広げるのは稀で、それはやっぱり終わり方が好きだからかもしれないなあ。

 6階の住民氏は飼い犬に「スプートニク」という名前をどういう理由でつけたのだろう。人工衛星からとったのか、村上作品に影響されたのか、それとも単に音が好きだったからなのか、全くもってほかの理由なのか。今度遭遇したら「どうして『スプートニク』なんですか?」と尋ねてみたい。なんだか面白い話が聴けそうな気がする。
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by naomu-cyo | 2015-03-26 00:35 | 読書 | Comments(0)