「もののはずみ」(堀江敏幸/角川書店)ではずみがつかないことを願う
2015年 05月 12日
そこで新たにお逢いした4人のうち、落語好きなひとりとはtwitterでつながっていたし、ひとりはずっとお世話になっている媒体の編集長の飲み仲間で、ひとりは共通の編集者知り合いがいた。芋づる式に出逢いが広がり、一気に安心感と親近感が湧き、初めましてな気がしなくなった。終電ぎりぎりまで楽しんで、約一週間後、お逢いしたうちの3人が参加するという不忍ブックストリート一箱古本市に顔を出した。そこで堀江敏幸さんの「もののはずみ」(角川書店)に出逢った。
堀江さんの作品はほんの3冊しか読んでなかったけれど、その文体の静けさと美しさに魅了されていたので、この本とほか2冊、計3冊の堀江作品を購入した。
自分も「もののはずみ」でものを買うことが多々ある。2月末に某新真打ちの昇進披露パーティーにお呼ばれして、帝国ホテルで夕方前に散会し、次の予定まで時間があるからとパーティーの浮かれ気分そのままにほろ酔いで京橋まで歩き、きもの青木で目についたきものと以前から気になっていた帯を唐突に買ってしまった。ふだんは寸法を直さなきゃいけないきものには手を出さないことにしているのに、黄色と赤の格子柄の爽やかな黄緑地の紬と型染めの赤い小花が散る梨色の帯に待ち望んでいた春をつい重ねてしまい、他人様のハレの日に便乗した。半年の支払いがずんと残りはしたものの、寸法直しが出来上がっていざ着用に及ぶとそんなことすっかり忘れ気分が上がった。世界は広がっただろうか。頑張って働くぞという力はみなぎったが。
もちろんそんな大それた「もののはずみ」はめったにあることではなく、日常の「もののはずみ」は小鹿田焼の鳩の箸置きとか、皮製の猫のキーホルダーとか、郷土玩具のきじ車とか、手軽なものを買うことがほとんどだ。そういうものを総じて「生活の彩り」と命名(言い訳)し、使うというよりも飾って喜んでいる。ものの背景を知るのも楽しい。見てたちどころに欲しいと思ったもののことは、出逢った場所や時期までしっかりと憶えている。こと、ものに関してはひとめ惚れの天才と言えようか・・・。
僕は何年か前に腰を痛めて入院し、手術を受けたのですが、そのとき病床で読んだのが堀江敏幸の『雪沼とその周辺』でした。病み上がりの自分に、この小説はとても優しかった。以来、彼の作品は、翻訳を別にして、ほとんどすべて読みました。
小説はもちろんですが、『もののはずみ』などをはじめとする、随筆とも紀行文とも小説ともつかない彼の散文集も大好きです。
彼は、自ら手がける装幀に自分の写真を使っていたのですが、最近とうとう写真集まで出版したのには驚きました。紙質が今一つで、写真の階調が十分に表現されていないのが残念でしたが。
堀江さんは毎日新聞日曜日の書評でたまに書いていらっしゃるのですが、書評もまた彼の文学作品の気配に満ちていて、紹介する本を片っ端から取り寄せたい衝動に駆られます・・・
堀江さんの写真集『目ざめて腕時計をみると』はお出でになる1時間くらい前までは箱の中にありました。
本も人間もいろいろな縁に導かれていると思います。
またどこかで必ず手にする機会はあるはずですよ。