フォトグラファーの武藤奈緒美です。日々感じたことや思ったことを、写真とともにつれづれなるままに。


by naomu-cyo
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梨木香歩「不思議な羅針盤」(新潮文庫)を読む。

 身体の疲れのほうはどんなに忙しくても一晩寝れば回復するほうだ。アシスタントをしていた20代の頃よりもずっと調子がいい。これは「うかたま」の仕事がきっかけで食生活を見直したからだと思う。

 気持ちのほうは、フリーランス稼業が長くなってきて、調子をととのえることにもだいぶ慣れた。かつては仕事の有無で一喜一憂甚だしかったけれど、暇なときは暇なときなりにやることを見いだせるようになったので以前ほど落ち込まなくなったし、最近では暇だということもない。そうして鍛錬できてきたにもかかわらず、今週起きた出来事は想定範囲を大いに上回ることの連続で、久々に参ったし強い怒りも覚えた。

 私立の女子高で教鞭をとっていた友人から以前、虚言癖のある生徒がもたらした事件の顛末をきいたことがあり、学校の先生は大変だなあとそのときは他人事のように思ったものだけれど、まさか自分が制作をともにしているメンバーの中にそういう癖がある人間がいるとは思わなかった。怒り心頭の版元さんから報告を受けて、わたしも怒り心頭になった。

 曰く、(指示を全くされてないにも関わらず)武藤さんが指示通りに写真を撮らないとか、(版元さんも立ち会って見ている)現場で被写体と喧嘩したとか、わたしに以外担当の版元さんやデザイナーへの罵詈雑言も甚だしかったとのこと。これぞまさしく窮鼠猫を噛む、というやつかと思った。虚言妄言の発信元である人物は、版元が出した期限に原稿もデザイン指示も間に合わせることができないのがわかって、つまり追いつめられて、周りのスタッフに噛み付き出したのだろうと踏んでいる。自分の仕事が進まないのはスタッフが仕事をしないからだ、という言い分らしい。自分は悪くない、悪いのはスタッフだ、というその態度はあまりにも幼稚だ。それぞれプロであるし仕事である、という見地を完全に忘れている。

 共同企画だから、ふだんなら撮影だけなところを、やることの幅を広げて作業を進めてきた。完成に向けて1ページ1ページ撮り漏れがないか確認しながら数ヶ月かけて積み上げてきたけれど、彼女は仕事を前に進めているようには見えなかった。しまいには原稿を書く時間が足りないから編集業務は版元側でやってくれ、と言い出したそうで、版元側にしてみたら契約違反だということになるのだろうけれど、わたしは安堵した。彼女に預けておくよりも確実に完成に近づくだろう。2012年、わたしの脳裏に浮かんだ今回の企画の素は、彼女と版元と三人で吟味しながら強度のある企画に育ててきたというのに、この有様だ。彼女に企画のことを話さなきゃよかったと一抹の後悔はあれど、それでもやっぱり動き出せてよかったと思うのは、今回の担当版元さんとの出逢いと、武藤さんの顔に泥は塗らないという言葉で表現してくだすったデザイナー氏の存在に尽きる。彼女のためにやっている仕事ではない。ここまでくると自分のためというのでもない。辛抱強く関わってくれている周りの人たちのためになんとかいい形で完成させたい。

 ここ数年、意外なところから仕事をいただく機会が多々あって、その結果気付いたことは、自己発信することはもちろん大事なのだけれど、いいものを作っていればそれを見てアプローチしてくる人は確実にいるということだ。付き合いの長いクライアントさんは多い。一方で、仕事の付き合いがない間も関係が続いている人も多い。今回、保身のためにスタッフをおとしめる人を目の当たりにして、驚愕すると同時に、この人はそんなふうにしかこれまで仕事をしてこられなかったんだ、それはなんとさみしいことかとも感じた。本人が気付いていなければなんということもないのだろうけれど。

梨木香歩「不思議な羅針盤」(新潮文庫)を読む。_a0025490_03021256.jpg
 そんな嵐吹きすさぶ荒涼とした心をなだめてくれたのが梨木香歩さんの「不思議な羅針盤」というエッセイ集だ。淡々と生活や季節を見つめる梨木さんの文章からは、自分を大きくとかえらくとか見せようという姿は微塵も感じられない。綴られる言葉は実感が伴っており、自分はこの地球で暮らす生命体のひとつにすぎないというスタンスで、ほかの生命体をおとしめるどころか尊敬の念を抱いて生きているのが伝わってくる。この人ならと信頼を寄せられる人が綴る文章という印象だ。今直面している問題の張本人を意識の上で拒絶するのは可能だが、そうじゃない選択肢も考えてみようかというゆとりを引っ張り出してくれるようにも思う。心健やかであるためのおまじないのようなエッセイ集とも言える。

 それにしても、絶妙なタイミングで処方箋のような本に遭遇した。こんなことがなかったら出逢えなかった本かもしれないと思うと、なんだか今回のこともちゃんと乗り越えられる気がしてきた。

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by naomu-cyo | 2017-02-11 03:02 | 読書 | Comments(0)