フォトグラファーの武藤奈緒美です。日々感じたことや思ったことを、写真とともにつれづれなるままに。


by naomu-cyo
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

あをによし 奈良の都へ

 奈良への古民家へと移転が決まったぎゃるり薇葡萄(らぽると)の、修繕と内装がほぼ済んだところで撮影依頼をいただき、1泊2日の奈良旅に出かけてきた。

 名古屋で近鉄線に乗り換える。沿線に懐かしい駅名が続いた。名張、赤目口、室生口大野・・・2007年夏に「赤目四十八瀧心中未遂」(車谷長吉)の舞台を「文学旅」と称して巡ったときに訪れた場所たちだ。薇葡萄オーナーであるCさんが、京都経由での奈良ではなくこちらのルートを選んだのは、車窓の風景が素敵だからとのこと。たしかに、まだ冬色とはいえ山々の連なりは美しく、川が悠然と流れ、視界もはるばるとしていて、目を楽しませてくれるルートだった。

 奈良行きにともない、もっていく本を考えた。行き先に合わせて本を選ぶのは楽しい。読まない可能性だって大いにあるが、それはそれでいいのである。奈良を思ってぽんと浮かんだ本が3冊あり、うち2冊は三島由紀夫の「豊穣の海」四部作の「春の雪」と「奔馬」。「春の雪」では聡子が出家したのがたしか奈良の帯解にある尼寺で、「奔馬」では大神神社が舞台のひとつになっていたはず。そしてもう一冊は、壬申の乱前後の吉野での日々を描いた草壁皇子が主人公の小説「丹生都比売(におつひめ)」(梨木香歩)。古代の奈良に遊んでみようかという気分になり、梨木さんの作品を選んだ。

 親子や兄弟間での政争甚だしく、権謀術数うずまく血なまぐさい時代にあって、大海人皇子ではなくその息子・草壁皇子が主人公ということは、傍観者的視点での展開になる。武張ったところがなく身体が弱いことを恥じ、我知らず自然界と交歓し、自分の運命にも薄々感づいているような感受性の強さを持ち合わせている皇子。人間界の事情に、吉野ならではの自然界の事情が絡み合って進む物語からは、いにしえの人々が自然界を畏れ敬っていたことが強く感じられて、奈良という地名をきくだけでそうした背景がおのずと浮かぶ。わたしにとって梨木香歩という作家は、こっちとあっちの境界に漂う空気感を描くのが抜群に長けていらっしゃる作家さんな印象で、梨木作品を読むとその空気感のない現代がどうにも味気ないものに感じられてしようがない。

あをによし 奈良の都へ_a0025490_00553408.jpg
 Cさんが出逢い惚れ込んだその古民家は、背後に竹林を抱え周辺には土塀をめぐらしたとても理想的な日本家屋だった。直すのは大変だったろう。しかし、購入する人が現れたおかげで、立派な柱や梁も、愛らしい欄間も、堂々たる床の間も、残ることができた。わりと近場に巨大な前方後円墳があるから、古い土地には違いない。かつて都が置かれた奈良にめいいっぱい浸りきれそうな立地で嬉しくなる。塀に沿って歩いていたら、お向かいの囲いのしていない敷地で白梅が見事に咲いていた。オープンは桜の頃になる。

名前
URL
削除用パスワード
by naomu-cyo | 2017-03-05 01:03 | | Comments(0)