旅撮影にあたり編集女子から、「長旅になるので、むーちょさんも運転よろしくお願いします!」とのメールが届く。いよいよ来たか、この日が・・・。これまでは運転が苦手だというと「ではほかのカメラマンにお願いします」ということもあり忸怩たる想いをしてきたのだが・・・荒療治を決行することにした。
25歳のクリスマスにほうほうの体で免許を取得。仮免実技で5回、路上実技で1回落ちた果てのようやっと得たAT限定免許であった。すぐやってきた正月、親戚のおじさんの車で病院駐車場を使っての練習。その後、当時アシスタントについていたカメラマンの四駆を、スタジオ駐車場から出そうと思いきり右にハンドルを切ったら、でかいタイヤが柵をめりめりと倒した。「どうして右に切ったんですか!?」と驚くスタジオアシスタント君に、「右に行きたかったから」と答えて、あまりのショックに運転することそのものを封印した。週に3回も教習を受けていたのにこのていたらく。センスがないどころか危険ドライバー予備軍だと自らをジャッジした。
あれから幾年。おととし秋に友人に付き合ってもらい、十数年ぶりに運転練習。小平霊園内をぐるぐる。その後も定期的に続けようと思ったものの、愛猫ぱちの訃報で新しいことに着手する気力が萎えた。そして去年取材で訪れた奄美大島で、ビール飲みたいと呟いた運転担当女子に代わって、レストランからレンタカー屋までおそるおそる運転。「思いきりが足りないね」との評価を受けたものの、海沿いの大きな道路を走るのは気持ちが良かった。運転できるようになりたいと強く思った。

そしてこのたびの青森旅撮影である。出発2日前の夜、歌舞伎座帰りの友人夫妻にお願いしてレンタカーに同行してもらった。まずは東銀座から新宿へ。道はけっこう混んでいた。助手席に座った友人のナビゲーションに従って運転する。初台の事務所に寄り、機材をおろす。そこから北新宿へ向かい、友人(嫁)を自宅近くに送り届ける。ファミレスで食事後、しばし新宿副都心をぐるぐると運転。ひとしきり運転したところで助手席の友人を自宅近くに送り届け、今度は単身、レンタカー返却先である経堂駅前まで運転・・・。緊張の連続であった。
ナビの案内の手前の道を曲がってしまったあたりから迷走を始める。歩いていたらどこだかわかる道も、車からだと見慣れぬ風景に見える。なんとか甲州街道に戻り環八をめざすが、気付けば環八を過ぎていた。あんなでかい道路を見落とすとは!道路標示が仙川になっていたので戻るべく住宅街に突入。夜のしかも道幅の狭い住宅街は緊張の連続で、おそらくのろのろふらふらしていたのだろう、「わ」ナンバーだったこともあるだろう、対向車がみなよけてくれる。神明神社の横に出て、ようやく見知ったエリアに入った。ここからは道がわかる。塚戸の交差点に出て、そのまま道なりに行き環八を横断、千歳船橋駅前に出て城山通りを突き進み、経堂の商店街を通り駅前到着。返却予定時刻の深夜2時少し前にレンタカー屋の前に着いた。安堵した。
すっかりテンションが上がってしまったので、落ち着かせるべく家まで歩いて帰った。5車線や環状道路、夜の住宅街、世田谷の細い道・・・4時間の練習の間にいろいろな道を体験できた。気が張りつめて緊張がふくらみまくったけれど、なんとか自力で戻ってこられた。青森でなんとか運転できる気がしてきた。こうでもしないと、わたしの重い腰は上がらなかったろう。青森旅撮影の担当女子に心から感謝したい。もちろん付き合ってくれた友人夫妻にも。
かくして、青森ロケで無事運転をしてきた。平坦な道から海沿いのうねうね道まで、後ろの車に煽られたりしながらもなんとか危ない目に合わずに済んだ。脱ペーパードライバーが叶った。やれることがひとつ増えた。そしておそらく車で移動することで得られる新たな世界があるはずだ。今度はそれに出逢いにいこう。