今年の桜の季節は寒かったり雨が降ったりで天気がぱっとしない。都内ですら場所によって満開を迎えているところと三分咲きくらいのところと開花具合にばらつきがあって、桜が咲いた悦びが例年よりも薄い。きもの着てちゃらちゃら遊びに繰り出したいものの(といっても、単身落語会へとか女友だちと呑むとか程度だが)、せっかくの休みの日が雨だときもので出かけるのも億劫になりがち・・・いや、しかし、木綿のきものがあるではないか。濡れたってへっちゃら、家で洗えるんだし。昔のひとは雨だからどうのとかなかったはずだ、なにせきものが日常着だったのだから。選択肢を狭めることはない。次から次へときものにお銭々をつぎこむのも、仕事がない日はきものを着ていたいからなのだし、着なきゃあもったいないじゃないか。着ていれば(心の中に住む大蔵大臣への)言い訳もたつってもんだ。
そんなわけでとある雨の日、木綿のきものでふらふらと出かけた。
どうもうすら寒いので、厚手のものを選ぶ。これは
銀座きもの青木でみつけた松阪木綿で、手織りで巻きが分厚く持ち重りのするもので、まだごわっとしているけれど着続けるうちに柔らかくなるであろうことを楽しみにしている。きものとしての寿命が尽きたら次は座蒲団カバーにすればよい。帯は数年前に
ギャラリー晏さんの催事で見つけたレモンイエローに水色の絞りの帯。黄色×水色に目がないので、この組み合せを見るとたいてい反応してしまう。きものの縞がかなり主張が強く、しかし色味は思いのほか地味なので、このくらい抜けのある明るい色の帯じゃないとおそらくババくさくなる。40をとうに過ぎたけれど木綿はかわいく着たいのだ。
裾が少々濡れるくらいはへっちゃら、でも帯は濡らしたくないので、帯が隠れるくらいの大判ショールをかけて、足元は塗りで台が高い下駄にして雨水がしみこむのを防御。雨だろうがなんだろうがきものを着ていると気分が華やぐ気がする。それなりに洋服も好きだが、休みの日にあっちにしようかこっちにしようか迷うのも楽しい・・・なんてことはこれまでそうそうなかったのだが、きものを着るようになって、いつの間にかそんな自分になっていた。