フォトグラファーの武藤奈緒美です。日々感じたことや思ったことを、写真とともにつれづれなるままに。


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松山行き

 いちばん遅く復活するか、そのままなくなってしまうなんてことも・・・と危惧していた毎度遠出の案件がいちばん早く復活した。ダメもとで取材の打診をしたら快く受けてもらえたんだそうで、今回は豊田と松山です、と連絡が入った。まさかの松山。こんなに早く実現するとは。

 松山にはSNSでやりとりをしている同業者が居る。自粛期間中に何の気なしに作ってみた自前ポストカードを使った栞が思いの外いい出来だったので、instagramに「欲しい人、送ります」と栞写真を投稿したら、松山のMさんから名前と送り先を記したメッセージが届いた。栞三点と手紙を書いて送ると、届きましたの連絡。松山出張の際には連絡しますね、叶うよう念じておきますと返事をし、そのやりとりからふた月も経たないうちに決まった松山行き。へえええー、こんなこともあるんだ、念が通じるのが早い!と驚いた。しかも、今回は前泊して取材ふたつ、2泊3日の滞在。時間に余裕がある。前泊日は早く現地に赴くことにした。

 この案件は遠出がほとんどで、せっかく遠出したのだから宿泊代は自腹を切って軽く観光でもして来ればいいものを、いつも慌ただしくしてしまいとんぼ返りが常だった。初めての宮崎行きも高知行きも、覚えているのは帰りに自分用に買った現地の食べ物(宮崎では国産ゴマ、高知では絶品芋ケンピ)だけで、街の雰囲気や風景をろくに覚えていない。納品が溜まっているとか翌日が撮影だとかで、毎回もったいないなと思いつつも、仕事の出張なんだしと割り切ってきた。この度のコロナ禍で遠出が制限されてみると、そんな慌ただしい遠出すらも恋しくなる。再び移動が叶うようになったら、遠出案件を存分に味わおう、そのくらいの気持ちや時間の余裕を持てるように変化していきたい・・・そう思っていたところだった。

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 前泊する日は天気が良く、フライト中は窓に張り付いて空からの景色を楽しんだ。ここ数年頭の片隅でずっと意識している琵琶湖を眼下に眺めうっとりし、瀬戸内の島々が見えてくると源平合戦屋島の戦いを想像した。地上から国土の形や川の線を確認するのが好きなのだ。加えて3か月ぶりの遠出である、いちいちが嬉しいやらありがたいやらで染み入るのだ。

 そうするうちに松山空港に到着。リムジンバスで市内まではすぐで、チェックインしてひと息つく。Mさんと待ち合わせして、自己紹介もそこそこに、松山城を見上げる公園に連れて行ってもらった。SNSマジックとでも呼ぶのだろうか、お互いをよく知っているような気になるこの感じ。同業者であることも大いに影響しているんだろうけれど(そしてわたし自身が人づきあいにおいて大雑把であることも・・・)、変に気をまわしたり相手の出方を伺ったりが全くなく、ほんとにすっと会話に入った。それからずっと、お別れするまでしゃべり続けた。現地のお仕事事情、Mさんの家族の話、写真を撮ることについて・・・写真を撮ることそのものについてこんなふうに大真面目に話したのなんていつぶりだろう。久しぶりすぎて、まるで初めてのことであるかのように粟立つような心持ちになった。濁っていかないように澱まないように、こうして時々口の端に載せることは必要なのかもしれない。Mさんとその肩越しに広がる緑の多い風景を眺めながら、おそらくわたしは自分にとってポートレイトを撮るということについて再確認していた。

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 翌日と翌々日の取材撮影は順調に済み、帰京の便はいちばん遅いのを予約していたので、取材後に足を伸ばして内子の町に行ってみた。かねてより来てみたかった内子座は見物者が他になく、独り占めだ。ほうぼう写真を撮りまくり、あちこちの客席に座って舞台を想像した。建物があることで往時の隆盛を想像できるというもの。遺してくれてありがとう、である。思わず勢いで内子町の図録三冊を購入し、自宅に送ってもらうようお願いした。置かれていた見本誌をめくってみたらたまらず欲しくなってしまったのだ。「文化」「民俗」「歴史」に分けられた三冊はそれぞれが結構なボリュームだ。さてわたしは何処に行きたいんだろうね、何処を目指しているんだろうね、とひとりでにおかしくなった。

 そのまま時間いっぱいまで内子の町を散策したいのは山々だったが、土砂降りが続いていた。電車が止まるなんてことが起きたら面倒である。仕方がない、町歩きは次回に残しておこうと、内子座をたっぷり見学するにとどめ、帰京した。

 久しぶりの遠出仕事を通して、ちょっとしたことなんだよね、ちょっとした意識の変化で手ざわりが全く違ってくるんだよね、と確認する。今ならこれまでと違う手ざわりが得られそうなんだ、だから粘ろうと思う。今の年齢でフリーランスのフォトグラファーという立場はこれからしんどくなっていく気がしているけれど、それでもできるだけ粘ってみようと思うのだ。

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by naomu-cyo | 2020-06-28 10:29 | お仕事 | Comments(0)