明けて11月19日。ホテルのすぐそばに馬が放牧してあり、とてもいい顔をしていたので未来の年賀状に使えるかなと撮影。柵の間から手を伸ばして馬に触れている父娘に声をかけてこちらもパシャリ。
空港行きのバスを待つ間の立ち話。喬太郎師匠によると早朝ホテル内でひと騒ぎあったらしく、師匠が部屋を出るとエレベーターホールは花瓶だかが割られて粉々になっていたんだそうで、足元に気を付けてと一斉メールを入れてくれていた。煙草を吸いに出たところ、暴れた男性がおいおいと泣く姿にも遭遇したんだそうで、ネタのほうが師匠に寄ってくるのだなあと妙な感心をしてしまった。おおかた痴話喧嘩じゃないのか、男は彼女との旅で浮かれている、でも女のほうはこれが別れの旅で、それを切り出したところ男が大暴れしたんじゃなかろうか、とか、部屋に戻ったら別な男が部屋で彼女といちゃついてたのでは、とか、わいわいと想像の翼を広げていく。

ダブリン空港で出発を待つ間、師匠とともにバーガーキングへ。早朝の事件遭遇で朝食を食べ損ねたんだそうで、馬場さんとわたしはコーヒーをご馳走になる。正太郎さんとクララはハガキを出しに。日本で見かけたことあったけど、初めて食べた、と師匠。煙草を買おうと思って免税店に行くと、むちゃくちゃ高い。次に行くのはどこかと尋ねられ「イングランド」と答えたら「売れない」と断られる。なんでだろうとクララにきくと、EU圏内への移動だから免税対象にならないから買えない、という次第。そうか、なるほど・・・。多分至極当たり前のことなんだろうけれど、理解していなかった。お恥ずかしい・・・。

搭乗時間になり、ロンドンはヒースロー空港へ向かう。そこからワゴンタクシーで90分程でケンブリッジ入り。車窓から街並を眺め、わおー!と気持ちが踊った。映画に出てくるようなクラシカルな街並がなんとも美しい。道ゆく人の髪型や服装は変化しても、街のたたずまいそのものはもう何百年も前から変わっていないんじゃなかろうか。日本にはまずこの類いの街はみつからない。総石造りといった趣きだ。

宿は日本でいうところの山の上ホテルのような雰囲気。すぐそばに川が流れていて、水鳥がすいすい泳いでいる。川沿いを走る人、犬と散歩している人、釣りをする人の姿もちらほら。紅葉した木々も美しく、郊外にきたという感じがする。庭で正太郎さんを撮影。まるでこの街に暮らす留学生みたいにぴたっとはまる。日本語を学ぶ女子大生4人にいざなわれケンブリッジ散策に出かけた。

4人が長い髪をなびかせながらまるで魔法使いのようにくるくると案内してくれる。日本語が堪能であることを通り過ぎて、我が言語はこんなにも美しい響きなのかと再発見させられるようなちょっと古風な日本語をとてもきれいに発音する彼女ら。笑顔もキュートで、若く健やかで賢いというのはこんなにも魅力的なのだなあと仰ぎ見るような心地になる。またその姿がこの街のたたずまいとぴたっと添っていて、素敵さ倍増だ。案内してくれた構内は名探偵ホームズやハリーポッターに出てきそうなこしらえで、いろいろに錯覚しそうになる。歴史の重みが学生を取り囲み学問に駆り立てているかのよう。そうそう、「キャンディキャンディ」で主人公のキャンディが過ごしたロンドンの寄宿舎もこんな雰囲気だったよなあなどと思い出しながら、写真を撮りつつ懸命に追っかける。途中で遅れをとりすっかり姿を見失ったのだが、迷路の如くで時のかなたに吸い込まれていきそうだった。それでも焦りは感じない。ままよ、というような気持ちで歩いていたところを、女生徒のひとりがみつけてくれた。

構内を出て街のレストランで食事。大きなテーブルを囲んでめいめいが注文し、それぞれの出身地や日本語で何を学んでいるかなどを伺う。「伊勢物語」とか「源氏物語」が出てくる。そして日本への留学経験があるのだそうで、日本国内の都市名を挙げる中でひとりが「赤羽」と答え、一堂大爆笑。続けて東十条とか駒込とかいう地名が出てき、ステイ先のお父さんは築地で働いているときき、東京とはいえどかなり落語寄りな東京にステイしていたことを知って、一気に親近感がわいた。食事を終えひとしきりして師匠が「じゃおひらきにしましょうか」とおっしゃって、「おひらき」の言葉の意味を彼女らに懇切丁寧に説明された。この説明がとてもわかりやすく、また説明する姿がとても真摯で、とてもいい風景だった。伝える、とかコミュニケーション、っていうことの本来の形ってきっとこういうことだ。

ひとりがホテルそばまで見送ってくれ、別れ際に「あーばよ!」って言って笑顔で去って行った。彼女はこのひとこと言いたさに見送ってくれた模様。柳沢慎吾か・・・と思ったけれど、考えてみれば翌日の公演で師匠が話す「うどん屋」の中のひとことで、彼女は事前にYouTubeとかそういったもので、もしかしたら「うどん屋」をきいていたのかもしれない。後日師匠や正太郎さんが語り継ぐ思い出話のひとつはこの夜の出来事。