2年前の欧州落語ツアーですっかり懇意になった、日本語ペラペラの落語研究者であるドイツ人のC女史に、最近少しずつ英語の手ほどきを受けている。LINEで英文メッセージが届き、それに英文で返事をするのだが、中学から高校、浪人時代、大学2年間と9年も英語教育を受けていたのに、学んだことは7割方忘れ去り、語彙力や表現力の乏しさゆえに毎度キーを押す指が止まる。ネット辞典で調べた言葉はノートに書き残しておこうと決めたのはつい先週のことだ。
9月最後の日曜日、愛知に暮らす友人Tを誘ってあいちトリエンナーレに行ってきた。彼はスタジオ時代の同期、同じ釜の飯な仲間で、東日本大震災がきっかけで心に期すことが生じ、フォトグラファーを潔く廃業して実家に戻った。カメラをきれいさっぱり売っ払い、決断を伝えにわたしの仕事場にやってきたTに複雑な気持ちでエールを送りつつ、めちゃめちゃ心細い気持ちになったのを覚えている。
それからというもの愛知で仕事があるたびに連絡をして、名古屋で待ち合わせてご飯を食べるようになった。去年はお父上の容態が悪化したのちお亡くなりになって慌ただしかったこともあり、二度ほど愛知に赴いたけれど逢えなかった。うち一度は○日に名古屋行くんだけどと連絡を入れたら、「むーはいつもジャストなタイミングで連絡寄越すなあ。連絡あったから言うけど、きのう親父が亡くなった」と返ってきて、なんて言葉をかけていいか戸惑った。
そんなわけで逢うのは2年ぶりだ。お互いに現代アートというものに疎いことを露呈し合いながら愛知県美術館の展示をひととおり眺め、次の豊田市美術館へ・・・の前に「昼飯食うか」で目の前にあった串揚げ屋に入り、ここにすっかり居着いてしまった。まあ、想定内だ。串揚げにビールで長っ尻にならないわけがない。
久しぶりのじっくり話。自分たちの近況、同期の近況、あーだこーだ。合間合間に挟まれる、Tの物事の捉え方、考えや感じ方を表現する言葉や姿勢、眼差し。ああ、変わらないなあと思う。以前から一本筋の通った、浮ついたところのない、責任感が強い、いわゆる男気にあふれる人だった。変わったのは、首がいてぇ腰がいてぇと言うようになったことくらいか。そりゃそうだ、わたしかて首は痛いわ肩甲骨周りがこわばっているわ。経年劣化をお互い吐露しあうほど長い年月友人をやってきた。同じスタジオに入社してから23年、ピチピチの20代前半から齢重ねて50代が見えてきた。どこかにエラーを起こしてたってちっともおかしくない。
豊田市美術館に閉館30分前に滑り込んで、クリムト展を見た。クリムトが6歳の姪を描いた横顔の肖像画が印象に残った。Tは美術館の前で自撮りがうまくできないでいた女の子に声をかけて、スマホで写真を撮ってあげていた。その風景をニヤニヤしながら今度はわたしが撮った。その後、豊田駅前で再び飲み、いい時間になったので切り上げて名古屋方面の電車に乗り、乗り換えの高蔵寺駅のホームでバイバイした。手を振る姿を窓越しに撮ったら、なんだか照れくさそうだった。思えば、展示を見ているよりも、移動しながらあるいは飲みながら話している時間がずっとずっと長い1日だった。もとよりそうなる気がしてもいた。しゃべることがいくらでも湧いてきた。

帰りの新幹線でふと、Tはいい男な気がする、うんいい男だ、と思い始めたら、その実感がたちまちじわじわと広がった。これまでもそう思っていたけれど、今回はこれまでにない感触で細胞のすみずみまで浸透していくようにそう思った。Tの生きる姿勢、彼自身にしっかり根付いて揺るぎそうもない価値観・・・わたしからすれば美意識と呼びたいくらいの・・・を自分の心の奥深くでしっかりとつかまえた気がする。言葉上の「いい男」ではなく、いい男であるという確信をつかんだ、ような気がしている。
これからあいちトリエンナーレに行く予定のC女史に感想を英語で報告する約束がしてあった。さてこの日のことを英語で伝えきれるか・・・伝えられないような気がしている。